2005-09-01から1ヶ月間の記事一覧
誰かが彼女をそう呼んだ。そしていつからか街の誰もがそう読んだ。彼女の本当の名前なんて誰も知らなかったし、実際にはどうでも良かったのだ。彼女は住宅街の真ん中の高い塀に囲まれた庭のある豪邸に住んでいた。悪趣味な洋館風の建物の至る所にはつたが張…
どれだけ長い間歩いたか分からない。 深い森には風はなく、ふくろう達が遠くで鳴いている。姿の見えない動物のせいで時折樹々がカサカサとすれる。落ち葉を踏みつける音がパリパリと断続的に聞こえる。うっそうとした緑は陽光を遮断し、辺りは幾分薄暗く、気…
まな板でなすびをシュコショコと切っている時に勝手口のドアを誰かが叩いた。 「こんばんは」とドアの隙間からミドリネコがにっこりと顔を出した。 僕は、やあ、と答えた。全くミドリネコの奴は夕食時に最近毎日訪れるのだ。 「今日の夕飯は麻婆なすですか?…
珍しく早い梅雨入りだった。 雨はこもった熱気を愛音の全身にべたりと張り付かせ、そのせいで彼女は幾分苛立っていた。実際に彼女を苛つかせたのは昨日の彼氏との些細な喧嘩だった。 彼は仕事で明日は会えないと言った。「プロジェクトの追い込みでね。」 彼…